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アメリカの黒人奴隷

アメリカの黒人奴隷について

1619年、バージニア植民地に連れてこられたのが最初とされています。17世紀の終りには黒人奴隷が法律で決められ、18世紀には奴隷制は農業経済の必須な労働力として南部社会に定着しました。



アメリカ独立(1776)当時は黒人の90%は南部で奴隷として働いていました。大農園の労働力として、白人の5%が黒人奴隷を使役し、1%が100人以上の奴隷を持っていました。黒人奴隷は人格は認められず、家畜のようなモノとして所有者は自由に処分できる対象として扱われていました。

北部では奴隷を認めない州も多いが、奴隷制度を人権や道徳の動機からではなく、「愚鈍な黒人が白人社会にこれ以上増えないように」と偏狭な人種主義で反対したのです。

南部では黒人奴隷を「人種的に劣った黒人は自由を与えると堕落し破滅してしまうので、奴隷制で白人が手厚く保護し良い暮らしを保証しする」と正当化していました。

南部と北部の対立は南北戦争(1861-65)に発展し、北部の勝利によりアブラハム・リンカーンの「奴隷開放宣言」で奴隷制度は全米で廃止されました。「南部再建法」より解放された黒人は選挙権を得て、多数の州議員が当選しました。南部白人の間では「黒人の反乱」の恐怖が広がりました。



クー・クラックス・クラン(KKK団)は南部連合軍の元兵士らによって、黒人の危険な行動やそれを扇動する白人を規制する自警団として結成されました。黒人が投票できないように脅迫するなど、黒人平等化の動きはすべて骨抜きになり、実質的な白人支配の体制が復活しました。

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